結論から。化け猫は一つの伝承から生まれたものではなく、「年を経た猫が猫又になるという古い俗信」と「行灯の油をなめる猫の姿」という二つの流れが合流し、江戸の舞台と浮世絵で形が固まったものです。
よく語られる「猫が油をなめて化ける」という話は、由来の全部ではなく、後半の一部にあたります。
文献のうえで先に現れるのは猫又のほうで、鎌倉時代にはすでに書かれています。
以下、猫又の初出・油をなめる猫・舞台と浮世絵での定着・猫又との違いまで、時代順に整理します。
CULTURE
結論:二つの流れが合流している
化け猫の由来を一言で説明しようとすると、たいてい取りこぼしが出ます。
性質の違う二つの話が、別々に走ってから合流しているからです。
ひとつは、年を経た猫が異能を得るという俗信。これが猫又です。
もうひとつは、生活のなかで実際に目撃された猫の行動。行灯の油をなめる姿がこれにあたります。
猫又は「時間が経つと変わる」という考え方から生まれた妖怪。
化け猫は「日常で見た猫の姿」に、その考え方が乗ったものです。順番を逆にすると説明が合いません。
| 要素 | 猫又の流れ | 油をなめる猫の流れ |
|---|---|---|
| 出どころ | 俗信・説話 | 日常の目撃 |
| 時期 | 鎌倉時代の文献に登場 | 灯火に魚油が使われた時代 |
| 特徴 | 年を経る・尾が分かれる | 後ろ足で立つ・行灯に寄る |
| 語られ方 | 山に棲む・人を襲う | 家の中・身近 |
| 合流後 | 家に長くいた猫が、人の姿で立ち上がる | |

猫又:文献に先に現れたほう
猫又は、化け猫より先に文献へ現れます。
鎌倉時代末に成立した『徒然草』の第八十九段には、「奥山に猫またといふものありて、人を食ふなる」と人々が噂する場面が書かれています。
ここでの猫又は、家の猫ではありません。山にいて人を襲うとされる、正体の分からないものとして語られています。
| 時代 | 猫又の扱われ方 | いる場所 |
|---|---|---|
| 鎌倉 | 人を襲う正体不明のもの | 山 |
| 室町 | 年を経た猫が変じるという説明が加わる | 山と家の両方 |
| 江戸前期 | 尾が二股に分かれる姿が定着 | 家 |
| 江戸中期 | 絵として姿が確定する | 家 |
| 江戸後期 | 芝居の題材として広まる | 屋敷 |
「山にいる得体の知れないもの」から「家で年を重ねた猫」へ。
この移動が起きたことで、猫又は身近な存在になりました。
尾が二股に分かれる姿
- 長く生きた猫の尾が二つに分かれる、という俗信が生まれた
- 「又」の字は、その分かれた尾を指すという説明が広く行われている
- 日本の在来の猫には尾の短い個体が多く、長い尾は目立った
- そのため、長い尾の猫は化けるという言い伝えが各地に残った
- 子猫の尾を短く切る風習も、この俗信と結び付けて語られる
江戸中期の絵師・鳥山石燕は『画図百鬼夜行』に「猫また」を描いており、この図によって猫又の姿が広く共有されました。同書をはじめとする江戸期の版本は、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。国立国会図書館デジタルコレクションより。
行灯の油をなめる猫
もう一方の流れは、俗信ではなく実際の光景です。
江戸時代の家の灯りは行灯でした。燃料には、当時比較的安価だった魚から採った油が使われることがありました。
猫にとって、それは灯りではなく食べ物のにおいがする液体です。
| 見えた光景 | 猫の側の事情 | 人の側の解釈 |
|---|---|---|
| 行灯に寄っていく | 魚油のにおいに引かれる | 灯りを消しに来る |
| 後ろ足で立ち上がる | 皿の高さに口を届かせる | 人のように立つ |
| 顔が下から照らされる | 灯火の位置の問題 | 顔つきが変わって見える |
| 灯りが暗くなる | 油が減っている | 猫が闇を呼んでいる |
| 夜中に動く | 薄明薄暮に活動する習性 | 人の寝静まる時を狙う |
後ろ足で立ち上がった猫が、下から灯りに照らされる。
この姿が、化け猫の絵の典型として繰り返し描かれることになります。
ただし、これは「化け猫の起源はすべて油である」という話ではありません。
すでにあった猫又の俗信に、日常で見える具体的な姿が与えられた、と考えるほうが実際の順序に近いといえます。

舞台と浮世絵で形が固まる
化け猫が全国的な知名度を得たのは、文献ではなく興行によってです。
| 媒体 | 役割 | 広がり方 |
|---|---|---|
| 歌舞伎 | 物語として筋を与えた | 都市の観客へ一気に |
| 講談・実録本 | お家騒動と結び付けた | 読み物として反復 |
| 浮世絵 | 姿を目に見える形にした | 版画として各地へ |
| 錦絵の役者絵 | 演者の姿を固定した | 芝居を見ていない人にも |
| 草双紙 | 子ども向けに再話した | 世代を越えて残った |
地名と結び付いた化け猫
- 佐賀:鍋島家のお家騒動に取材した化け猫ものが、芝居や読み物として繰り返し作られた
- 岡崎:東海道の宿場を舞台にした化け猫が、浮世絵の題材として描かれた
- 有馬:屋敷を舞台とする化け猫ものが語られた
- いずれも実在の地名を使うことで、話に現実味が加わった
- 地名付きで語られたことが、各地に伝承が根付いた理由のひとつとされる
歌川国芳をはじめとする絵師たちは、猫を主題にした作品を数多く残しました。
擬人化された猫の絵が広く受け入れられていた土壌の上に、化け猫の図像も乗っています。
NYXARIA / 猫又 シルエット スカーフ
二股の尾の輪郭だけを、墨色の細い線で。
知っている人にだけ伝わる図像を、日常に使える濃度へ落としています。

猫又と化け猫は何が違うのか
この二つは、同じものとして扱われることもあれば、区別されることもあります。
| 観点 | 猫又 | 化け猫 |
|---|---|---|
| 成り立ち | 年を経て変じる | 特定の事件・恨みと結び付く |
| 姿の特徴 | 尾が二股 | 後ろ足で立つ・人に化ける |
| 語られる場 | 俗信・図像 | 芝居・読み物 |
| 舞台 | 山・家 | 屋敷・宿場 |
| 動機 | 特に語られない | 復讐・因縁が語られる |
| 現代での扱い | 妖怪の一種として | 怪談の登場人物として |
おおまかにいえば、猫又は「種類」、化け猫は「役割」です。
猫又は姿かたちの分類で、化け猫は物語のなかで何をするかで呼ばれています。
今も残っているのは、後者の型のほうです。
映画やドラマで化け猫が出てくるとき、必ず何かの因縁が背景に置かれます。江戸の芝居が作った形が、そのまま続いていることになります。
よくある質問
覚えておくと整理しやすいのは「猫又=姿の分類」「化け猫=物語の役割」。
この二つを混ぜないだけで、由来の説明がほとんど通ります。
化け猫の由来は何ですか?
一つの伝承から生まれたものではありません。年を経た猫が異能を得るという猫又の俗信と、行灯の油をなめる猫の姿という日常の目撃、この二つが合流して形になりました。さらに江戸時代の歌舞伎や浮世絵によって姿と筋書きが固まり、全国へ広まっています。油をなめる話は由来の全部ではなく、後半にあたる部分です。
猫又と化け猫はどう違いますか?
猫又は姿による分類で、年を経た猫が変じ、尾が二股に分かれるとされます。化け猫は物語のなかでの役割で、特定の事件や恨みと結び付いて人に化けたり後ろ足で立ったりします。おおまかに、猫又は種類、化け猫は役割と考えると整理できます。現代の作品に残っているのは、因縁を背負う化け猫の型のほうです。
猫又はいつから文献に出てきますか?
鎌倉時代末に成立した『徒然草』の第八十九段に、「奥山に猫またといふものありて、人を食ふなる」と人々が噂する場面があります。ここでの猫又は家の猫ではなく、山にいて人を襲うとされる正体不明のものとして語られています。年を経た猫が変じるという説明や、尾が二股に分かれる姿は、後の時代に加わっていきました。
なぜ猫が行灯の油をなめたのですか?
江戸時代の行灯には、当時比較的安価だった魚から採った油が使われることがありました。猫にとっては食べ物のにおいがする液体なので、灯りに寄っていきます。皿の高さに口を届かせるため後ろ足で立ち上がり、その姿が下から灯火に照らされました。この光景が、化け猫の絵の典型として繰り返し描かれることになります。
まとめ
化け猫の由来を整理すると、次のようになります。
- 猫又:鎌倉時代の文献に先に現れる。山の存在から家の猫へ移った
- 尾:二股に分かれる姿が江戸前期に定着した
- 油:行灯の魚油に寄る猫の姿が、立ち上がる図像の元になった
- 芝居と浮世絵:物語と姿を与え、全国へ広めた
- 地名:佐賀・岡崎など実在の地と結び付いて根付いた
化け猫の話は、猫が怖がられていた記録ではありません。
むしろ、家のなかに猫がいることが当たり前になった時代の産物です。
身近にいて、夜に動き、目が光り、たまに立ち上がる。
よく見ていた人たちだからこそ、あれだけ具体的な姿を描けたということでもあります。

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