古代エジプトの猫のミイラ|愛猫と奉納の二種類

古代エジプトの猫のミイラ|愛猫と奉納の二種類

結論から。古代エジプトの猫のミイラには、飼い主が愛猫として葬ったものと、女神バステトへの奉納品として大量に作られたものの二種類があります。
現在残る猫のミイラの多くは後者で、紀元前664年以降の末期王朝時代から盛んに作られました。
X線やCTの調査では、奉納用の猫の多くが若いうちに死んでいたことや、中身が猫一匹分ではないミイラがあることも分かっています。
この記事では、二種類の違い、バステト信仰との関係、研究で分かったこと、19世紀の大量発見とその後の扱いまでを整理します。

要点
  • 猫のミイラは「愛猫の埋葬」と「神への奉納品」の二種類に分かれる。
  • 奉納用は飼育された子猫が多く、生後5か月未満の例も確認されている。
  • 1890年に英国へ運ばれた猫のミイラの多くは肥料として売られた。
CULTURE
目次

猫のミイラは二種類|愛猫と奉納品の違い

古代エジプトの猫のミイラは、飼い主が家族として葬った「愛猫のミイラ」と、神殿で神に捧げるために作られた「奉納用のミイラ」に分けられます。
両者は、作られた目的も、数も、中身の丁寧さも大きく異なります。
博物館で見かける猫のミイラの多くは奉納用で、愛猫のミイラは数が限られます。

比べる点愛猫のミイラ奉納用のミイラ
目的家族として死後の世界へ送る女神バステトなど神への捧げ物
主な時代新王国時代から(紀元前1350年ごろの石棺が早い例)紀元前664年以降の末期王朝時代、プトレマイオス朝に盛ん
数限られる墓地によっては数千〜数十万体規模で見つかる
猫の年齢飼い主のもとで一生を終えた猫飼育された若い猫が多い
中身一匹の猫を丁寧に処置一匹分そろわない例や、詰め物が多い例もある
納める場所飼い主の墓や専用の棺神殿に付属する動物墓地
古代エジプトの猫のミイラの要点|愛猫として葬ったものと、バステトへの奉納品として大量に作られたものの二種類
見た目は似ていても、目的と中身は大きく異なります。
POINT

猫のミイラを「愛された猫の証」とだけ語るのは不正確です。数の上で多いのは奉納品で、その多くは捧げるために育てられた猫でした。

猫がミイラにされた理由|バステト信仰とブバスティス

猫がミイラにされた最大の理由は、猫と結びついた女神バステトへの信仰です。
バステトの信仰と、その神殿があったナイル・デルタの都市ブバスティスは、第22王朝以降に人気を高めました。
紀元前9世紀にはオソルコン2世のもとで神殿に祭りのための広間が造られています。

紀元前5世紀半ばにエジプトを訪れたギリシアの歴史家ヘロドトスは、ブバスティスの祭りを国内最大の祭りとして記し、数十万人の巡礼者が集まったと伝えています。
同じ『歴史』第2巻では、家の猫が自然に死ぬと住人が眉だけをそり落とすこと、死んだ猫はブバスティスの聖なる建物へ運ばれ、防腐処理を施されて埋葬されることも書いています。
猫の死を悼む習慣と、神殿での埋葬が、同じ信仰の中で語られている点が重要です。

猫が神聖視されたことは、別の古代の記録からもうかがえます。
ギリシアの歴史家ディオドロスは、紀元前60年から56年ごろ、猫を殺したローマ人が群衆に殺された出来事を伝えています。
猫が女神と結びつき、なぜ神聖な動物になったのかという背景は、バステトの由来|猫が神になった理由は穀物で詳しく読むことができます。

出典 ヘロドトスの記述はWikisource「The History of Herodotus(Macaulay訳)Book II」第66・67節に基づきます。

愛猫として葬られたミイラ|トトメス王子の猫の石棺

愛猫として葬られた猫の例として最もよく知られるのは、紀元前1350年ごろの石灰岩の石棺で、トトメス王子のかわいがった猫のためのものと考えられています。
これは猫がミイラにされたことを示す、知られている限り最も早い手がかりとされます。
王族の一員が、一匹の猫のために名前入りの石棺を用意したことは、猫が家族として扱われていたことを物語ります。

古代エジプトで動物がミイラにされた目的は、大きく四つに分けられます。
愛玩動物を飼い主とともに送るため、死者の食料として供えるため、神の化身とされた特定の動物を祀るため、そして神への奉納品とするためです。
猫の場合は、愛玩と奉納の二つが中心でした。

  • 愛玩動物:飼い主の死後の世界での伴侶として
  • 食料:死者が死後の世界で食べるための肉として
  • 神の化身:神殿で神そのものの現れとして飼われた特定の個体
  • 奉納品:巡礼者が神に願いを託して捧げるもの
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奉納用の猫のミイラはどう作られたか

奉納用の猫のミイラは、捧げ物にするために飼育された猫から作られ、多くは首を絞めるか首の骨を折る方法で命を絶たれたと考えられています。
動物のミイラが盛んに作られるようになったのは紀元前664年以降で、巡礼者は祭りの際などにミイラを神へ捧げました。
需要に応えるため、神殿の周辺では猫が計画的に育てられていたとみられます。

遺体は乾燥させたうえで土や砂などを詰め、脚を折りたたんだ姿や座った姿に整えてから、幾何学模様を描くように包帯で巻かれました。
高価なものは顔の部分に黒い彩色を施し、色ガラスや黒曜石、水晶で目を表しています。
初期には小さな青銅や木の棺に納められた例もあり、子猫や胎児を母猫をかたどった像の中に納めた例も知られています。

見える部分読み取れること注意点
包帯の巻き方幾何学模様が細かいほど手間をかけた品外見が丁寧でも中身がそろっているとは限らない
顔の彩色と目黒い彩色やガラスの目は高価な品のしるし後の時代の修復が加わっている場合がある
全体の大きさ小さいものは子猫の可能性が高い詰め物で大きく見せた例もある
棺や容器青銅や木の棺は丁寧な奉納の例棺と中身が別々に伝わったものもある

時代が下るにつれて、ミイラの作り方は簡略になっていきました。
大英自然史博物館の館長を務めたテレンス・モリソン=スコットは、猫のミイラの多くに、丁寧に処置された一匹ではなく、ばらばらの猫の体の一部が詰められていたことを指摘しています。
エジプトでは猫のほか、知恵の神トトに捧げるトキも大量にミイラにされました。その背景は知恵の象徴とされる動物|フクロウが選ばれた理由で触れています。

X線・CTの研究で分かったこと

X線やCTによる研究で、奉納用の猫の多くが2歳未満の若さで、意図的に命を絶たれていたことが分かってきました。
包帯を解かずに中を調べられるため、20世紀後半から猫のミイラの研究は大きく進みました。
主な調査結果を年代順に並べます。

調査対象分かったこと
1980年のX線調査大英博物館が1907年に収蔵した猫のミイラ192体のうち2体2歳になる前に意図的に首を絞められた跡があり、奉納の需要に応えたものと考えられた
1990年代のX線調査サッカラで出土した猫のミイラ大半が若い猫で、多くは頭蓋骨の骨折が死因とみられた
トリノ・エジプト博物館の例末期王朝〜プトレマイオス朝(紀元前400〜200年ごろ)の猫X線から、約22か月の成猫で死んだと推定された
2020年のマイクロCT調査英国スウォンジー大学エジプト・センター所蔵の猫生後5か月未満の子猫で、首の骨の間に約6mmのずれが見つかった

2020年に科学誌『Scientific Reports』に発表されたスウォンジー大学の研究では、X線マイクロCTで猫・鳥(チョウゲンボウに近い猛禽)・コブラの三体を立体的に調べました。
猫は乳歯の小臼歯が残り、第一大臼歯がまだ生えていないことから、生後5か月未満と推定されています。
第一頸椎と第二頸椎の間には5.98mmのずれがあり、首を絞められたか首を折られた可能性が示されましたが、ミイラにする際に頭を立てた姿勢に整えたことで生じた可能性も否定されていません。

この研究は、断定を避ける書き方そのものが参考になります。
「すべての猫が殺された」と一括りにせず、個体ごとに証拠と別の可能性を並べる姿勢は、猫のミイラを語るときの基準になります。
下あごの両側にも治癒の跡のない骨折があり、死の前後に衝撃を受けたとみられることも報告されています。

19世紀の大量発見と、その後の扱い

猫のミイラが大量に見つかった例として知られるのが、1888年に中部エジプトのベニ・ハサン近く、イスタブル・アンタルで地元の農民が掘り当てた動物墓地です。
この墓地からは20万体を超える動物のミイラが出たと報告され、その大半が猫でした。
砂の中の穴に、ミイラが積み重なるように埋められていたとされます。

見つかったミイラの扱いは、現代の感覚からは驚くべきものでした。
1890年には、猫を中心とする数千体の動物のミイラが英国のリバプールへ船で運ばれ、その多くが肥料として売られています。
大学の動物学博物館に渡ったのは、ごく一部にとどまりました。

この出来事は、19世紀には動物のミイラが学術資料としてほとんど重視されていなかったことを示しています。
数があまりに多かったことも、当時その価値が低く見られた一因だったと考えられます。
現在では、残された猫のミイラが古代の飼育や信仰、動物の種類を知る貴重な資料として、CTなどの方法で丁寧に調べられています。

古代エジプトの家猫は、やがて交易の船に乗って世界へ広がっていきました。
船と猫の関係は船に猫を乗せた理由|守ったのは食料より綱、日本に猫が来た時期は猫はいつ日本に来たか|弥生時代の骨と平安の日記から読むで読むことができます。

博物館で猫のミイラを見るときの手順

博物館で猫のミイラを見るときは、時代と出土地を確かめてから外見を観察し、最後に調査結果の説明を読むと、愛猫か奉納品かを読み分けやすくなります。
展示ラベルの情報だけでも、多くのことが分かります。

  1. 時代を確かめる:末期王朝時代(紀元前664年以降)やプトレマイオス朝なら、奉納用である可能性が高くなります。
  2. 出土地を確かめる:ブバスティス、サッカラ、ベニ・ハサンなど動物墓地の名があれば、奉納品の可能性を考えます。
  3. 包帯と顔を観察する:幾何学模様の細かさ、顔の彩色、ガラスの目の有無から、手間のかけ方を読みます。
  4. 大きさを見る:小さなミイラは子猫の可能性があります。ただし詰め物で形を整えた例もあります。
  5. X線やCTの説明を読む:中身が一匹そろっているか、年齢や死因の推定があるかを確かめます。
博物館で猫のミイラを見る5つの手順|時代と出土地を確かめ、包帯と顔を観察し、CTの説明を読む
ラベルの時代と出土地を先に読むと、ミイラの目的が見えてきます。

猫が神話の中で何を象徴してきたかを地域ごとに比べると、エジプトの猫信仰の特別さがよく分かります。
世界の神話の猫は猫は世界の神話で何の象徴か|地域別に読み解くで整理しています。
また、動物を神の使いとして敬う日本の例としては、お稲荷さんに狐がいる理由|狐は神ではなく使いと比べてみると、神と動物の距離の違いが見えてきます。

古代エジプトの猫のミイラを正しく理解するチェックリスト|愛猫か奉納品か、時代、出土地、CTの結果
猫のミイラについて人に話す前に確かめたい7項目です。

よくある質問

古代エジプトではなぜ猫をミイラにしたのですか?

主な理由は、猫と結びついた女神バステトへの信仰です。巡礼者が神に捧げる奉納品として大量に作られたほか、飼い主が愛猫を死後の世界へ送るためにミイラにした例もあります。目的によって作り方や数が大きく異なります。

猫のミイラはどれくらい見つかっていますか?

正確な総数は分かっていませんが、墓地によっては非常に多く見つかっています。1888年に見つかったベニ・ハサン近くの動物墓地では20万体を超える動物のミイラが報告され、その大半が猫でした。サッカラでも数千体の猫のミイラが出ています。

奉納用の猫はどうやって死んだのですか?

X線などの調査から、多くは若いうちに首を絞められるか首の骨を折られて命を絶たれたと考えられています。2020年のマイクロCT調査では生後5か月未満の子猫が確認されましたが、首の骨のずれはミイラ作りの過程で生じた可能性もあるとされています。

猫のミイラの中には本当に猫が入っていますか?

多くは猫が入っていますが、一匹分がそろっていないものもあります。時代が下るにつれて作り方が簡略になり、ばらばらの体の一部や土・砂などの詰め物で形を整えた例が指摘されています。外見が丁寧でも、中身がそろっているとは限りません。

見つかった猫のミイラはどうなったのですか?

19世紀には学術資料として重視されず、1890年には英国のリバプールへ運ばれた数千体の動物のミイラの多くが肥料として売られました。大学の博物館に渡ったのはごく一部です。現在は残されたミイラがCTなどで丁寧に調べられています。

猫が死ぬと古代エジプト人は何をしたのですか?

ヘロドトスの『歴史』によると、家の猫が自然に死ぬと住人は眉だけをそり落として悼みました。死んだ猫はブバスティスの聖なる建物へ運ばれ、防腐処理を施されて埋葬されたと記されています。

まとめ

古代エジプトの猫のミイラには、愛猫として葬られたものと、女神バステトへの奉納品として大量に作られたものの二種類があります。
数の上では奉納品が圧倒的に多く、研究によってその作られ方も明らかになってきました。

  • 二種類:家族として葬った愛猫のミイラと、神への奉納用のミイラ
  • 信仰:バステトとブバスティス。ヘロドトスは猫の死を眉をそって悼む習慣を記録
  • 愛猫の例:紀元前1350年ごろ、トトメス王子の猫のためと考えられる石棺
  • 研究:奉納用は若い猫が多く、2020年の調査では生後5か月未満の子猫を確認
  • 19世紀:ベニ・ハサン近くで大量発見。英国では多くが肥料として売られた

参照した一次・公式資料

本記事は2026年10月時点で確認できた資料に基づいています。猫のミイラの数や発見の経緯、死因の推定は資料によって表現や数値が異なり、ここでは代表的な報告を紹介しています。古代の人々の信仰の内容には解釈の幅があります。

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